全身を使って音色を変える

演奏家は、表現したり、聴衆とコミュニケーションする手段の一つとして、多種多様な音色を使い分けられることが不可欠です。ピアニストの場合、それは鍵盤への触れ方や、鍵盤の押さえ方になりますが、それらを対象にした研究は十分に行われてきませんでした。音色を変えるための鍵盤への触れ方や腕全体の使い方を包括的に理解するためには、運動制御学音響工学心理学の手法を横断的に組み合わせた新しいアプローチが必要になります。本研究プロジェクトは、音色を変える身体運動制御の仕組みを解明し、同時にそのための研究手法の確立を目指しています。

タッチと音色の関係の基本的な仕組みについて理解するために、ピアニストに「手を持ち上げてから打鍵する(Struck)」「鍵盤から指を離さずに打鍵する(Pressed)」という異なる二つのタッチで打鍵してもらい、その際の手や腕の動きや筋肉の働き、鍵盤に加える力の特徴について調べました。その結果、Pressedタッチの方が、ピアノ音に混入する雑音(タッチノイズ)が少なく、鍵盤に滑らかに力を加えることができること、そのためにピアニストは、指を伸ばした状態から肩関節を前に瞬発的に回転していることがわかりました。また、この瞬発的な肩の回転は、肩の筋肉よりもむしろ指の筋肉からのエネルギーを利用して作り出していました。さらに、後者のタッチによる音の音色の方が「やわらかく」知覚されることが、心理物理実験の結果、明らかになりました。つまり、「指先から腕全体の“しならせ方”を変えることで、音色を変えることができる」わけです。

本研究で確立した手法および得られた知見をベースに、今後、「音色を操る身体の使い方」を解明するためのシステマティックな研究を展開していきます。具体的には、①多種多様なタッチを生み出す身体の使い方の解明、②タッチと音色を結びつける脳の情報処理の仕組みの解明、③連続して指を動かしていく中でタッチを変えるためのスキルの解明を目指します。

<学術上のキーワード>多関節運動、順・逆動力学計算法、モザイクモデル、心理物理、聴覚心理

<主な参考文献>

(1) Furuya S, Altenmuller E, Katayose H, Kinoshita H (2010) Control of multi-joint arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists. BMC Neurscience

(2) Kinoshita H, Furuya S, Aoki T, Altenmuller E (2007) Loudness control in pianists as exemplified in keystroke force measurements at different touches. Journal of Acoustical Society of America