耳と指をつなぐ仕組み

ピアニストは、演奏時に音の様々な表情を聴きながら、時々刻々と変化する指や身体の動きをコントロールしています。例えば、わずかに打鍵するタイミングがズレてしまうと、即座にその後の打鍵動作を修正しないと、美しい音楽を奏で続けることはできません。演奏中に音を聴いて,身体の動きを修正する。その背後には,どのような脳のメカニズムが潜んでいるのでしょうか?専門的な言葉では,これは「フィードバック制御」と言い,会話や歌唱などでこれまで様々な研究がなされてきました.

初めに、ピアノの音量やピッチ、あるいは音が鳴るタイミングを、自由自在に変えることができるシステムを開発しました.そして,演奏者が予想した音とは違う音を鳴らします.そうすることで、「演奏時に聴こえる音が、指を思い通りに動かすために、どのような役割を担っているか」について明らかにしようとしました。例えば、「ラ」の鍵盤を押すと「ド」が鳴ったり、衛星電話のように音が遅れて聴こえてきたり、そっと触れているのに大きな音が鳴ったりするわけです。

その結果、音が鳴るタイミングを遅らせると、ピアニストは,その後の演奏テンポを一時的に速くすることで、脳はテンポが遅れないようにしようとすることや、打鍵の強さを一時的に強めることで、耳の代わりに指先のタッチから得られる感覚情報をより多く取り入れようとすることがわかりました.一方,ピアノ初心者は,逆に,テンポを遅くし,もっと音を聴こうと待ってしまうことがわかりました.また、あたかもミスしたように、違うピッチ(音の高さ)の音を鳴らすと、演奏者の記憶が乱されて、さらなるミスタッチをしてしまうこと、さらには、右手で弾いた音を変化させると、左手の指の動きにも影響が出ることなどを明らかにしました。

これらの研究を通して、学術面では、「演奏時に、音と動きを結びつける脳の情報処理の仕組み」「訓練や疾患によって,その情報処理の仕組みがどのように変化するか(可塑性)」を解明することを目指しています。また、演奏支援の面では、「伴奏技能の向上」「舞台上でのパフォーマンスの向上」を視野に入れた研究を展開していきます。伴奏については、多くの楽器奏者や声楽家と共演するピアニストにとって、相手と調和の取れた演奏をするためには、相手の音をよく聴きとって自分の演奏を調節する能力が不可欠です。また、舞台で演奏する際には、普段の練習とは違った音響環境で演奏するわけですから、必ずしも予想した音が鳴りません。これにどう適応するか、どうすれば早く適応できるかについて、開発したシステムを用いて解明することを目指します。

<学術上のキーワード>聴覚フィードバック、フィードバック制御、感覚運動適応(Sensory-motor adaptation)、連続指運動制御

<主な参考文献>

(1) Furuya S, Soechting J (2010) Role of auditory feedback in the control of successive keystrokes during piano playing. Exp Brain Res

(2) van der Steen M, Molendijk E, Altenmuller E, Furuya S (2014) Expert pianists do not listen: the expertise-dependent influence of temporal perturbation on the production of sequential movements. Neuroscience